大判例

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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)125号 判決

抗告人

亀井助紀

右代理人

西浦義一

大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(ワ)第五二六九号所有移転登記請求事件について、昭和四九年三月二九日になした口頭弁論期日の指定申立の却下決定に対し、抗告人から抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

一抗告の趣旨および理由

別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

訴訟係属後、当事者間において訴訟外で示談等自主的解決のための手続を進行させるとか、消滅時効を中断するために訴訟を追行するような場合であつて、一定の合理的期間内であれば、当事者双方の不出頭による実務上いわゆる休止の利用を認めることは、具体的事件を処理する上で実務上適切な場合も少くないし、又、私人間の紛争が自主的に解決されない場合求められた限度においてのみ解決の手を差しのべるという民事訴訟制度の目的にも合致するものといえる。これに対し、もつぱら期日の延期変更のためとか、当事者の一方が出頭し、他方が弁論をしないで退廷した場合とかのように、合理的理由のないまま双方の不出頭と期日指定の申立が繰り返されることを放置することはいうまでもなく、訴訟事件の迅速な処理という要請に反することになるが、このような場合であつても、後日なされる期日指定の申立を却下するよりも、裁判所は事件が「裁判をなすに熟する」と認めうる限り、当該期日において当事者双方の不出頭のまま弁論を終結し、従来の資料を基礎にして裁判をした方が、訴訟の迅速処理の要請に合致するばかりでなく、訴取下を擬制して従来の審理の結果を無駄にすることも避けうる意味で望ましい処理といえる。もつとも、口頭弁論期日を指定するのは、通常未だ弁論が十分でないことを前提とするものであるから、その期日に当事者双方とも出頭しない場合に「裁判をなすに熟する」と認め難い場合も少くない。そこで、口頭弁論期日における当事者双方の不出頭によるいわゆる休止と期日指定の申立の繰り返しが連続一〇回以上に達するといつたように不相当に長期にわたるときには、もはや背後にある事情いかんにかかわらず、又、右の程度に至らないときであつても、先に述べたように休止と期日指定の繰り返しが合理的理由を欠きしかも「裁判をなすに熟する」と認められないような場合には、このような繰り返しの揚句になされた期日指定の申立は、民事訴訟制度の目的ならびに当事者の一般的な協力義務に反するものというべきであるから、信義則違反ないし権利の濫用としてもはや許されないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、記録によれば、本件訴訟は抗告人が被告・和田高彦に対し被告から本件土地を買受けその所有権を取得したことを原因として所有権移転登記手続を求めるもので、被告において右事実を全部争つているものであるところ、その経過はおよそ次のとおりであることが認められる。

口頭弁論期日

当事者の出頭状況

弁論の経過

原告代理人

被告代理人

第一回(45.11.18)

出頭

出頭

延期

第二回(46.1.21)

原告・訴状陳述、被告・答弁書陳述

第三回(46.3.11)

延期(原告準備のため)

第四回(46.5.20)

不出頭

不出頭

休止(46.7.20原告から期日指定の申立)

第五回(46.9.16)

出頭

延期(46.9.14被告から期日変更の申立)

第六回(46.10.28)

不出頭

休止(46.12.27原告から期日指定の申立)

第七回(47.3.15)

出頭

出頭

延期(原告準備のため)

第八回(47.6.6)

不出頭

不出頭

休止(47.6.6原告から期日指定の申立)

第九回(47.9.5)

〃 (47.9.11  〃 )

第一〇回(47.12.19)

〃 (48.3.2   〃 )

第一一回(48.7.3)

〃 (48.9.1   〃 )

第一二回(48.12.25)

〃 (49.2.19  〃 )

〃 (49.3.22  〃 )

以上の本件訴訟の経過からすると、本件における休止と期日指定の申立は、第八回から第一二回の口頭弁論期日まで当事者双方とも不出頭のまま、連続五回繰り返され、第四、第六回の口頭弁論期日の分を通算しても合計七回であつて、しかも、右のような休止と期日指定の申立の繰り返しについては、必ずしも合理的理由を欠くとは即断し難いものである。したがつて、原裁判所が本件休止と期日指定の申立の繰り返しにつき当事者間における示談の進行等合理的な理由の有無について審査することなく、前記のような訴訟の経過に照らし昭和四九年三月二二日の本件期日指定の申立が直ちに申立権の濫用にあたるものとして却下したのは違法であるといわなければならない。

よつて、原決定を取消して本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(増田幸次郎 仲西二郎 福永政彦)

抗告の趣旨

「原決定を取消す。」との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は明文の規定は勿論確定された明確な基準すら存しないのに、当事者に訴訟上認められた権利を否定するものであつて、ひつきよう、日本国憲法第三二条に保障された国民の裁判を受ける権利を侵害することに帰することになるから、許さるべきではなく取消は免れざるものと信ずる。

原決定の如く信義誠実の原則ないし、権利の濫用という超法規的な一般条項を手続法である民事訴訟法の領域にとりいれようとすることについては、もともと議論の存するところであり、殊に、本件の場合の如く、訴訟法上明認されている当事者の期日指定の申立権の如きを、制限ないし否定するために右一般条項を適用することについては、それが、個々の裁判官の訴訟観の相違によつて適用の基準自体が区々に分裂し、結局、裁判官によつて恣意的に行われる危険、ひいて不公正を避け難い、という結果を招来するが故にこれを消極的に解する意見が多数と断じ得られる。

原審は、抗告人(原告)が第二回口頭弁論期日において陳述ずみである訴状の請求の原因における主張事実や訴状添付の甲第一号証ないし第三号証(いずれも判決書)によつて容易に窺知し得る本件訴訟のおよその内容(本件訴訟は当事者間の昭和二八年以来の土地賃借権ないし土地所有権にまつわる紛争の最終的解決に関するものである。)や、訴訟物価格が金一七、六八七、三七〇円であり、貼用印紙額が金八八、六五〇円である等の事実を全く顧慮することなく、その指摘する訴訟の経過だけを形式的にのみ捉えて、「云々原告(代理人)に真摯に訴訟を進行する意思があるとは認め難い」とか「云々原告が真実訴訟を進行する意思がない」とか断じ、抗告人(原告)の二回のいずれも本来適法になされた期日指定の申立につき信義誠実の原則ないし権利濫用という一般条項を適用し、申立権の濫用としてこれを却下するのであるが、右本件訴訟のおよその内容や、訴訟物価格、貼用印紙額などの点より観るも、原決定は、まさに、恣意的な専断である、と難じざるを得ないのである。

かりに、信義誠実の原則ないし権利濫用を理由に当事者の期日指定の申立を却下することが許されるとしても、明文の規定もなく、確定された基準も何ら明示されていないのであるから、その適用は、格別の慎重さが要請せられるべきで、当事者に対し、事前に、事情を照会するとか、警告を発して訴訟の進行を促す、とか、(以上はいずれも容易になし得る)の処置を経なければならない、と解すべきであるところ、原審は何らこのような処置をしていない。

原審が抗告人(原告)の期日指定の申立を却下したのは、期日指定申立権の行使に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて当事者の裁判を受ける権利を侵害する違法があり、原決定は取消を免れ得ざるものである。

(東京高裁昭和四六年(ラ)第四二七号、昭和47.2.22民事一四部決定、判例時報No.659六一頁所載)

二、原決定は違式違法の裁判であるからこの点よりするも取消を免れ得ざるものである。

いわゆる休止期間満了後になされる期日指定の申立は不適法として却下せらるべきであるが、同時に訴訟終了をも裁判することになるが故に、口頭弁論を開き、当事者に主張をつくさせたうえ判決をもつて却下すべし、とすること判例の承認するところである。

抗告人の本件期日指定の申立はいずれも本来適法な申立権の行使であるから原決定の如き理由を構えてこれを却下すること自体違法の裁判といわざるを得ないのであるが、かりに、これが許されるとしても、実質的に観て訴訟終了の裁判を含むことにおいて、前述の休止期間満了後の期日指定の申立を却下する場合と異るところがないから、口頭弁論を開き判決すべきものなのである。

けだし、訴訟において審判を受ける権利ないし利益は、当事者双方に存するのであるが、原決定のような形式(相手方には正本の送達もされていない。)は当事者の一方が全然不知の間に訴訟を終了せしめる結果を容認することゝなり甚しく不当であるからである。

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